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Maryam'sHP

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イランのTEHRANより日々思いついた言葉を発信しています。

待たずして待つ究極の心得を






待たずして待つ究極の心得を

春待つでもなく咲く花にならふ



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待つという意識なくして待つという

物事を為す究極の心得を

春を、誰を待つでもなく咲く花に習う





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先日わたしはT氏のネットサイトに、

3・4枚の花の画像がアップされている

っという夢をみたのでした。




T氏ご本人様が登場するわけでなく、
なんともみょうちくりんな夢だったので、

T氏にコメントでお伝えしたところ、



Yukiさんという方の


”花のように咲き 花のように待つ”


っという歌詞を教えていただき、

私の裡で閃光煌いたのでした。





数年前から私が 憧憬 している在り方…

(生き方と言ったほうが一般的なんでしょうけれど)

とは、


これをしよう とか これこれをしている

っという自意識なく、主体なくして為す 


ということでした。




自意識があろうともなかろうとも、結果的にそうしていた、

そうなっていた、現象はそう移ろっていた・・・・


っという存在の在り方です。



なんとなく歩いていた

なんとなく食べていた

しらないうちに眠っていた


っということを考えれば、
これは大したことではないのかもしれませんが、


待つ っということに於いては

心 が 何か、誰か、ある状態、ある状況などを期待しているわけですから、

自意識やら主体性とワンセットになっているのです・・・


わたしは大学時代に万葉集の講義のレポートで 

待つ ということをテーマに書いたことがありました。


待つ ことの苦しさ、失望と表裏一体の期待、信頼と猜疑心との間に揺れる逃れようもない心の葛藤・・・


そんな己が心の大きな揺れ動きとは正反対に、

ただ待つことしかできない苦悩....



万葉集や古今集時代の女性の苦悶を思ってレポートを記したのでした。


そんな想いがあったもので、


花が咲くように、春を、誰を、何かを待つでもなく咲くように

待つ ことができるならば


これはもう   究極の心得 に違いない!



っとインスパイアーされたのでした。















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by Maryam051144 | 2015-12-23 15:21 | 言葉