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イランのTEHRANより日々思いついた言葉を発信しています。

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”秋めきし空にいとまを託し過ぐ”



仕事の合間に、秋色をほんのりと帯びた空へ暫し心委ねる。この僅かな時間に私は  わたし を感じている。この刹那があるからこそ、また仕事に、雑事に身を置きつゝ日々をやり過ごすことが出来るのだろう。


男性ならば休日なのだろうけれど、主婦にはゆっくりと休める休日という日はない(苦笑) 。

憩いは、仕事や雑事の合間のごく僅かな時間。




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by Maryam051144 | 2016-08-31 00:37 | 言葉



”この瞬間(とき)は偶然なりて必然とこの陽瞳にわれ焼き印す”



お天気に恵まれたことに感謝。

海からあがって義母がなかなかシャワーから出てこなかったけれど、

そのおかげで濡れた身体でベランダに居座っていたから見られた夕陽。

夕刻になって風が出てきて寒さを感じたけど、それはそれは素敵な夕陽だった!




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by Maryam051144 | 2016-08-30 02:37 | 言葉





ひとゝせ(秋冬春)を想ひ憧(あくが)る去年(こぞ)の夏みし海こゝぞ 時の叶ひて




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今年も イラン北、カスピ海沿岸の Mahmood abaad に一泊して参りました。









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by Maryam051144 | 2016-08-28 15:25 | 言葉










数カ月まえにならったイランの民謡をセタールで弾きました。

楽譜では八分の六拍子なのですが、ゆっくりになるからかな?

TombakやDAFで叩くと八分の三拍子のリズムです。



最初に弾いたときから懐かしく私には感じられた曲で、

すーーーーっと頭にはいってすぐに暗譜できた曲。

転調する部分は独特のコロンという音が使われているので、

何とも言えない哀調を生み出してます。

ミのコロン、ラのコロン、シのフラットです。

コロンというのは半音ではなく四分の一音低い音です。

ミのコロンというのはミの音より半音の半音だけ低い音です。


義姉が合わせて歌ってくれたとき、わたしは弾きながら歌詞を聴いていてわかったのですが、


多分友達だと思うけれど、音信不通となってしまった人への慕情を歌っていたように思います。


二分弱の曲です。どうぞ こちらから お聴きくださいませ。









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by Maryam051144 | 2016-08-17 04:34 | 趣味





”雲海に光明をみし終戦日”




深い海を思わせる空を覆う重い雲に、

終戦日という今日が終わろうとする時、

希望の光が差しいるが如く光明をみた。




この戦争でなくなった戦死者、空襲、原爆の被害者の方々、そして母が三つの齢に戦死した我が祖父の御冥福を、世界の平和とともに心より祈り申し上げます。






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by Maryam051144 | 2016-08-16 02:05 | 言葉




涼やかな柔らかき月あかり灯されりは身と心やすまる夏の宵の訪れを知らす





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by Maryam051144 | 2016-08-12 03:17 | 素描




真夏日が続いておかしくないこの時期に、夏の衰退を感じさせるような涼しさがある。

このまま夏は去っていくのかと、お天道様とお空に伺ってみるも、答えの返ってくるでもなく。

それでも用事すませて帰宅すれば上から下まで汗にまみれる。





秋が訪れる前に海がみたいと思う。


望まず、願わず、思い浮かべ脳裏に描くに留む。






うつつもまた夢となりゆく時の魔法よ。



時が前に進まず行くを迷えば、この世もまた混沌を極む。




夏は去り、秋来る、秋来たるは冬の兆し。







うつつで海に逢うことかなわざれば、思い描き、夢みて逢うまで。



やがてわたしが夢となるまで。


いつか、


されど確かに、



わたしが夢となるその日まで。








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by Maryam051144 | 2016-08-04 16:54 | 素描






2016年7月、8月夢覚書


以下7月14日記



相変わらずバタバタと時間に従い手足を動かしている。

汗グッショリで一休みしていてふと、

はて、去年の今頃は何をしていたんだっけ?

っと。

ところが思考だけではちっとも思い出そうとしても思い出せない、何ひとつ!

私はそういう愚鈍な記憶力しかなくて、

(だから日記のようなものを小学生の頃から書いているのかもしれない。)

現在に繋がっている過去だったら、今という瞬間と突如繋がることで引き出”され”たり、

あるいはふと、霊感のように浮かび上がってくるような、そういうものだけが思い出”され”、

そのほかの記憶は私の意識の湖の底に沈んで行くがままにして、

沈みきったら底に一応あるんだろうけど、湖面からは見えず、光も注がず、潜んでいるだけとなっている。



夢などで思い出させてもらえるのも、深い底に沈んで掬い上げられない、

私の過去の記憶やら経験を哀れんでの、神様のお計らいのような気がしないでもない。。。




今朝(先月14日の朝)は、以前勤めていた私立の女子高校の校長先生の奥様で、

小学校と幼稚園の校長・園長を兼任されていたO先生と、

私が務めた四年間のうち、私が所属していた学年の主任をされ同じ国語科を教えていたT先生(女性)の夢をみた。

(T先生は会社でいうと、三年間私の直属の上司という立場でいらした女性)

最後に私が高校二年生の担任をしていたときには、

校長先生の代行でらしたのか?園長先生がいらっしゃり、九州一周の修学旅行にいった懐かしい思い出がある。

O先生とT先生のお二人は私的にとても仲がよかったけれど、

夢の中でも双子のようにみえる笑顔で私に語りかけてくださっていた。


夢の中でお二人は私に、美の個性を隠すのはおやめない っと教示してくださったように思う。

既製の上着、コートを上に着てしまっては、その下にどんなものを着ていても(下着姿でも)外からはみえないけれど、

それは、オリジナルのもの、オーダーメイドのもの、そして自分の美的感覚に従って選んだ柄やスタイルのものを着ていても、

上っ面をみているだけの人には決して理解してはもらえないのよ


っということを仰っていたのだった。


夢から覚めた後、再び私はお二人のご冥福を心から祈った。



再び っと記したのは、数週間前に私は彼女たちのことをふと、想い出してご冥福を祈っていたからのこと。

もしかしたらそれで私のところにわざわざ足を運んでくださったのかもしれない。



以上7月14日記



今朝(8月2日)の夢


両足の指が全て、爪の両側が白く腫れて化膿していた。

痛みはその足の指の状況を視覚的に判断したことで、

こりゃ、、、痛いなあ、と認識したような痛みだった。

右の親指だったか、中指だったか?。。。の爪にちょこっと触ってみたら、

その爪はするりとそっくりそのまま外れてしまった。

こりゃ、酷い!と思ったけれど爪の下をみたら、

弱々しく薄いけれど新しい爪がすでに伸びてきていた。


おそらくもう生命はなかったと思われる旧い爪を、

形だけでも患部を覆っておいてよかった、

そのおかげで今もう柔らかい爪が患部を覆っているんだ・・・


っと思ったところで目が覚めた。



この夢の意味もなんとなくわかった。

爪を失えば歩行が苦痛で困難になるけれど、

全ての足の爪を失ったものの、新しい爪がすでに伸び揃っていて、

しばらくの間、あまり負担はかけられないけれど、

歩き続けることはできるであろうということ。

おそらく爪を傷つけて、抜け落ちるまでの今までのほうが痛みは大きかったかもしれない。

その痛みでさえもわたしはおそらく気がつかないで過ごしていたのだろう。




歩行とはおそらく 旅路 であり 人生 なのだろうと思う。








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昨日の朝、息子を学校へ送り届けた時に撮影。8時(サマータイムなので通常時間の7時)まではまだ涼しいので、お散歩がてら徒歩で送る。



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by Maryam051144 | 2016-08-02 13:34 |