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イランのTEHRANより日々思いついた言葉を発信しています。

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ARUKONOHA.jpg







木の葉がつぶやく




”季節移ろうとも、我が姿をこのままに、

赤や黄のままにしておいてくれぬものか”



っと・・・







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by Maryam051144 | 2014-11-30 18:31 | 言葉



客観に身を投じるならば・・・2





T.S 様





ここ

(”自分自身が、自分自身の加害者であり、被害者になる”)


まで思い至ったわたしは、以前以下の記事を記しているうちに、

なんとなく自分が感じたことを思い出したのでした。



A balance ~感性でとらえる~




私はこの記事を記している裡に輪郭が見えてきて、
そして段々とはっきりしてきて、
ゾッと 身震いを感じたある地点を思いだしたのでした。


その地点とは、

ここまできて方向を誤ると大変な危険がある、

そしてそこは、誤ったら最後、奈落へまっさかさまの崖っぷちだ


っと感じた地点です。


わたしはその時、崖っぷちからはかなり距離を置いて、
その先の深淵を感じただけだったのですが、
崖っぷちの輪郭が段々はっきりしてきて、目の中に飛び込んできて、
ただそれだけで、あまりのオソロシサに、そのあと近づくことができなかったのでした。



Tさんの文章でわたしには、再び同じ景色がみえたのだと思います。

だからわたしは、過敏に反応したのだろうと思います。


再び同じような現象がわたしの裡で起こった

そう、これは、わたしのなかの出来事でもあったし、あるのです。



過去のわたしの記事の中ではこの崖っぷちについて、

以下のようにわたしは表現していました。





******************



以下引用



balance感覚 を行使して過去・現在、未来 をみる

感性で物事を捉える


言葉にしてみると、なんて簡単で素っ気ないのでしょうか!!


・・・・・・・


しかし、ここにも大きな落とし穴が潜んでいると私は感じているのです。

客観に陥いることは、主観に陥るのと同じぐらい弊害がある と感じているのです。


徹底的な客観に身を投じるならば、

主観も徹底的に撲滅していかなければ、大変危険であると私は感じているのです。



以上引用





*******************


そして以下が今わたしにみえる景色です。





客観に陥いることは、主観に陥るのと同じぐらい弊害がある と感じているのです。



弊害どころではなく、、、こゝろをおろし金ですられていくような拷問。





徹底的な客観に身を投じるならば、

主観も徹底的に撲滅していかなければ、大変危険であると私は感じているのです。



その危険とは、



自分自身が、自分自身の加害者であり、被害者になるというとんでもない危険、

これは眠っているときでさえ、夢の中でさえわたしを監視していて、

わたしのことは全てしっていて、

そして何かあるとわたしを問いただし、責めて、そして裁こうとしている監視役が

ついて回っているような拷問。

間に立つものがないので、加害者に仕立て上げられたものが、

壊れて被害者になりそうであっても責め立てられ続ける・・・





こゝろとは、、、、、

弁護士にもなれば、検察官になってしまう。

そして己を裁こうとする。

どんな判決を得るがために?

無罪? 有罪?


罪状は?

執行猶予はあるの?



はたまた

死刑


被告者は誰?

加害者は一体誰?




それは



あなたなのですか?


わたしなのですか?









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by Maryam051144 | 2014-11-30 14:40 | 奇譚








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by Maryam051144 | 2014-11-29 17:16





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客観に身を投じるならば・・・1







T.S 様



お書きになられた文章は創作であり、
フィクションであり、この後も続いていくので
この後どのような展開になるのかしら?とは思いますが、

それを理解していても、わたしが、あなたの文章から、
垣間見たものを記し、お伝えすることを、
お許しいただけますでしょうか・・・?




あなたがお書きになったものを拝見し、
私が学生(中学生・大学生)時代に、
自己の支柱とも言えるものが大打撃を受けたときのこと、

その大きな揺れとショックを、なんとしてでも和らげようと、
己という意識のほとんどを突き放して、
自分自身をなんとか守り、その場に踏みとどまろう、
やり過ごそうと(無意識のうちに)必死になったときのこと


をわたしは、思いだしました。

この時わたしは、

目の前の受け入れがたい風景が示していることに、ブラインドを下ろし、

耳から聞こえてきた言葉をそれ以上聞かないようにするために、

耳が聞こえなくなり

涙はこぼれているけれど、いったいどうして泣いているのか、

理解することをこゝろが拒否している ”支離滅裂”の状態となっていました。



幸い、私がそのような状況に陥ったのはたったの3回だけでした。

(3回目は2010年末)



けれども、わたしが少なからず不安に感じた、

あなたの文章のある部分からは、拷問・・・


人目、他人様、社会、、、等というものに、
心を、おろし金ですこしずつすられるような、
わたしの想像を絶するような ”精神的拷問” を感じたのでした。




物心ついた頃から、わたしという人間には、アウトサイダー的な図々しさ、
且つ、狡猾さがたっぷりと染みこんでいましたから、
人目というものが私に攻撃して、
大きな怪我を負わせることが、ほとんどありませんでした。

わたしの裡には、”全くの独断”という、ある判断基準があって、
それは、私のとんでもないような”我侭”が根拠となっているだけの基準であり、
そうでありながら、その基準はどんなものにも、どんなことにも
決して”揺るがない”ものであり、
それによってわたしは、人目というもの、他というもの、社会というものを、
度外視することがなんなくできたのでした。




あなたがお許しくださるならば、
もうすこし、突っ込んで感じたことを書きますと、


”人目”というものが、あなた御自身の中に存在しているのではないか?

っということまで、わたしには見えてきたのでした。


こうなると、、、 自他の境がなくなる、

それは、、、わたしがこれまで、自分の記事の中で、

自他の境が薄くなる、相対関係の崩壊を示す

っと書いてきましたが、それとは全く逆の片端・・・

自分の裡にさえも、他人を感ずる っという意味での自他の境の消滅

を感じたのでした。



そしてそれは、

”自分自身が、自分自身の加害者であり、被害者になる”


というとんでもないことを意味していたのでした。




これが、、、どれほどわたしを落ち着かない、
居ても立ってもいられないような気分にさせたことか・・・


そして、わたしはどうしょうもない気持ちになって、

これを記さずにはいられなくなってしまったのでした。











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by Maryam051144 | 2014-11-29 05:13 | 奇譚




KIMI (640x400).jpg










補色









雑踏の風景



人影のない景色





はたまた



過去・未来の夢の中・・・




それでもなんなく 


きみをみつける





わたしの失った部分をみつけんがために



白色光とならんがゆえに












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by Maryam051144 | 2014-11-28 19:41 |



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ふるさと という原点・ふるさと という我







人には人は裁けず、

自分でさえも裁いてはいけない

っと私はおもってます。


あなたもわたしも

わたしのなかの別の私も


そして、森羅万象、宇宙でさえも


意識するエネルギー(純粋な我)が存在していなければありえません。

土台となる意識がなければ、何ものをも意識することができず 無 です。


そしてこれを逆方向へと考えると、

意識を細分化すればするほど、世界は複雑化し、ややこしくなってしまいます。


ややこしさ を助長しているのは、まさにこゝろ であり 言葉 と言えるでしょう。



意識を単純明快にするためには、

生まれた時から(輪廻を含め)今まで細分化されつづけてきた

己の身体細胞のように細分化され続けてきた意識を

ひとつひとつ端折っていって、

細分化された意識の、奥の奥にうもれている純粋な我をみつける旅にでないといけません。



旅 といっても、、、、時間も空間もあるようでないようなもので、

どこまでも遥か彼方、輪廻を繰り返し続けても、

終えることができない旅 っともいえますが、

また、同じように(こんな風に表現してしまうと夢も希望もありませんが)、、、、

己のまわりを飛び回る、己というハエや蚊の飛行のようなものでもないかしらん?


っと私は感じてます。



純粋な我 を、単細胞となった意識 を探してください。


それはきっと私にとってのふるさと、


あのいつか夢でみた、禊をした空 に

もう一度繋がるのではないか?と私は信じています。



(ふるさとのイメージは、人それぞれ異なるでしょうけれど)


空(純粋な意識の我)は、

どのような気象状況(細分化された意識によって知覚する世界の状況がどんな)であっても、

その(雲や雨や雪、雷雲の)奥には、空があり月があり太陽が あるがままに あります。

そしてそこは、それは、ふるさとであり、

もともと我々は ふるさと を起源とする存在なのですから・・・


今私は、日本から遠い異国にいますが、

結局は私がいつもこゝろに描いている

ふるさと としてのイメージである、あの景色、

広い干潟と輝く海、輝く空 に存在しているのだろうと思っています。



そこがわたしの原点なのです。真に私が存在しているのは、そこなのです。

なぜならば、そこなくしては、

今の私の目の前のすべてのもの(森羅万象と言われるもの)を

私は、意識することも、知覚することも、

全く不可能であるっと感じているからです。













Furusato.jpg



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by Maryam051144 | 2014-11-27 06:24 | 私見





Akinoikkei.jpg





よくわかんないうちに・・・    無知の知






よくわかんないうちに


夜が明けて 日が暮れて


始まっていて 終わっていて




よくわかんないうちに


一生懸命になってて 夢中になってて




よくわかんないうちに

傷ついていて 癒されてて





そのうちにきっと


人生も 日々も 終わっているのだろう






そこには

偶然イコール必然 という方程式しかなくて





我 人生という道程(みちのり)の立派な迷い子なれど


そのうえボンクラで


すっとこどっこい


唐変木の


天邪鬼


お臍曲がりの


つむじ曲がりの


おつむだけれどそれでも




偶然と必然により




ちゃ~~~~んと導かれていることだけは



知っているもんで





道草してても


道見失ってても




不安がないものにございます


















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by Maryam051144 | 2014-11-26 17:48 |


Yukuaki.jpg













おくゆかし











ここで暮らすようになって

もう随分経つけれど

今年ほど

穏やかに、ゆっくりと

秋の美しさと優しさを

この街が魅せ、味あわせてくれたことがあったろうか・・・






陽光が風が、


夏よりも穏やかに、

そして冬では顔には決して表さないような渋さで

木々を、小枝を、落葉を、照らし


普段は表情や、感情を、押し包み隠し、

ただただ、そこを行き過ぎていく人々の日常の、

無機質なバックグラウンドになりはててしまっていた


この街の風景に 秋化粧 を施していた。







ひとつ、ふたつ古傷をもってしまってから、


凩(こがらし)が吹き過ぎて往くのを


本能的に拒んできた


これまでのわたしのこゝろに


秋 という季節がこれほどまでに

こゝろにくい季節であったことを


微笑して指し示してくれるかのように・・・










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by Maryam051144 | 2014-11-25 21:39 |







故Morteza Pashaei を悼み歌を捧ぐ






堪(た)へきれず 伝ふ涙の かひなき(泣き)を 知りつくせども とどむ術(すべ)なし 




堪えられずあとからあとから頬を伝って涙が溢れ出ようとも、
全くしょうがないことと、わたしは知り尽くしているけれども、
どんな方法を用いても、この哀しみを止め、涙を止めることはできなかった。







秋ごと(毎・異)に そら(空・宙)かけ(翔け 懸け)鳥よ 伝え来(こ)よ

我が身なく(亡く・泣く)とも 君を想ふと





秋は異に(殊更に)、そして秋が来る度に、(空を宇宙に懸けた想いを)、
空・宇宙を翔けて想いを、鳥よ伝えて来ておくれ、
このわたしの身が(亡くなって)なくても(こゝろだけは)、
そしてわたしは泣き悲しんでいてさえも、
やはり君を慕い想うことには変わりはなく、永久に君を思い続けていると・・・














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IMG_20141123_104519 (800x600) posted by (C)maryam f d






先日息子と義姉2宅へ行ったときに撮影した画像です。
デジカメや携帯よりも解像度の低いタブレットで秋を撮ったら、
まるで油絵のような味わいのある画像に、撮影できたました。
















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by Maryam051144 | 2014-11-25 09:27 | 言葉





Kasane.jpg








月襲ね(つきがさね)





海が月の引力を感じるように


わたしも月兎の引力を感じている



見るもの 聞くもの 感じるもの

何かこゝろ動かされれば

月兎の眼にはどのように映る?


っと わたしは想う





ひとつ でもなく

ふたつ でもなく



ひとつ に もうひとつ が


ぴったり重なってる




わたしと月兎





月襲ね



















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by Maryam051144 | 2014-11-24 21:40 |