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イランのTEHRANより日々思いついた言葉を発信しています。

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ホオズキ





季節の花300 より画像拝借







父鳴らす 鬼灯の音(ね)に 風揺られ








鬼灯を鳴らせるのは父だけでした



決して良い音ではありませんでしたが


空気の振動 を感じる音でした






今年の夏も過ぎていくのですね・・・
















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by Maryam051144 | 2014-08-28 02:37 | 言葉





先日ゴソゴソと押入れを漁って、探し物をしていたら、

”親子句集”が出てきました。


1993年に母方の祖母・伯母、そして母の三人の句を、

伯母の旦那さんが印刷してまとめてくださったもの。



20年前のものですが、この20年の間に、

伯母の旦那さんが、母が、祖母が、(父が)そして一昨年伯母も亡くなってしまいました。



今でこそ私は俳句・短歌もどきを日々のメモの代わりに作ったりしてますけれど、

俳句や短歌に興味をもちだしたのは、ごくごく最近、ここ数年のことで、

日本文学を学んでいた大学時代も、就職してからも、

そして結婚してから、ときどき祖母を家に呼び、

しばらく一緒に滞在していたときにも、

作句に熱心だった祖母の句を見せられたり、感想を尋ねられたりしても、

わからなかったし、興味が 全く! なかったので、

感想なども詳しく述べず、幾つかの句の中では、この句がいいかな?

といったことしか、私は応えられなかったのでした。




俳句や短歌を自分が作れるとは思いませんが、(自己流・・・もどきは作れる?!)

俳句や短歌で言葉を紡ごうと試みることは、

言葉を上手に織り成していくための とても良い練習になると私は思っています。





祖母は母がみっつのときに、夫を第二次世界大戦で失ってしまい、

その後女手一つで娘二人を育てあげた人です。

今月は8月、日本では原爆記念日に、終戦記念日があった月なので、

祖父のことや、戦争のことについて、祖母が作った句をご紹介致します。<(_ _)> 



*****




昭和58年


柿むくや 吾子疎開せる 寺思ふ


菊の香や 一枚きりの 軍事便



***


昭和60年


ほどの良き 初湯に浸り 亡夫偲ぶ



***


昭和61年


終戦日 夫の遺髪は 黒きまま

赤茶けし 友の封書や 原爆忌


***


平成2年


春塵や 亡夫の遺せし サングラス



*****




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by Maryam051144 | 2014-08-26 18:16 | 言葉


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春<19>



この時、晋吉の脳裏には、春の母 初 の訃報を知らされたときの、祖父の様子が映し出された。


春の家で初の葬儀を行った時の祖父は、終始一貫淡々と取り仕切っていたという話は、

村の者も、周囲の者達も、口々に話していたので知ってはいたけれど、

初の死を耳にし自室へ向かったときの祖父の姿、我が目に映った、

愕然とし己を失った祖父の足取りは、晋吉にとって忘れがたい光景であった・・・


あの時、祖父の様子になんとなく尋常でないものを己が感じたのは、

単なる思い込みだけではなかったのだろう・・・


っと晋吉はこの時直感したのだった。



晋吉は、己の祖父と、春の母の父親であった善造という人についての関係やら、

初と祖父の関係についてもう少し詳しく、庄助爺に尋ねてみたい衝動に駆られていた。


がしかし、、、晋吉は、今自分がそれを口にすることは、浅はかであるような、

まだ、問うための言葉も己の中で推敲されておらず、

なによりも問うたその答えを、受け取る己の心の準備も整っておらず、

時期尚早のような、、、けれど心のほうは、どんな些細な事でも 春と己の家 に関することは、

どうしても、今すぐにでも知りたい・・・

という、複雑な想いがしばらく彼の心と頭の中で交互に入り乱れていたのだった。



結局彼の理性は、あらゆる己の好奇心をねじ伏せて、

心のなかに浮かんできたあらゆる疑問を問うことを躊躇(ためら)い、

どうしても彼はそれらを、口にすることができなかったのだった。




庄助は、己の語る言葉に明確な ある反応 を示した晋吉の様子に気がついていたが、

晋吉が自分の想いをなかなか言葉にしないのは、

何か複雑な想いがそこにあるのだろうと彼の心を慮って、

話の方向を変える言葉を続けたのだった。


”若先生の御名は晋吉だったかな?
のう、晋吉先生や。名医というものは、村の宝なだけでなく、
一族の宝、家宝でもある、っと、わしはあの時、善造さんに教わったんじゃよ。

腕の立つ主治医がいれば、家の者の健康は守られ、
一家の柱である者も安心しておられるじゃろ。

わしは修吉先生のお父さんに、また修吉先生に、そして今は永吉先生のおかげで、
長生きさせてもろうとる。
そして、わしが日々健やかにすごしてきたことで、
どれほど一族の者たちも安心して過ごしてきたかということも知っとる。

そこでじゃ、・・・これは名医は家宝と心得た爺から、若先生への肩入れじゃ。”


っと言って幾らかの金子(きんす)を晋吉の手に握らせたのだった。


未だ目の前で起こっている出来事と、己の頭と心にうつりゆくこととの間に

隔たりがあった晋吉は、爺に握らせられるままに金子(きんす)を手の中に入れていたのだったが、

己が手のうちのものが金子(きんす)であると気がついたときに、

彼は、驚きの表情をもって、その厚意を辞退することを庄助に伝えていた。

それでも庄助は言葉を続けた。

”若先生のことを皆の者がどのように話しているか、わしも良くしっておる。
修吉先生は己の子供だから、孫だからといって過大評価するようなお人でねえし、
その修吉先生が、おめェさんは医者に向いておる、良い医者になるってんだから、
若先生は名医から、お墨付きを頂いた有望な、滅多にいねえ、お医者様ってことだ。

晋吉先生、これからも医学の道を高い志をもって歩んでくだせえ。
医学のことはちっともわからんが、医者の家に生まれて、医学の道を歩むったって、
てェーへんな苦労があろうさ。そんでオラができることといえば、こんなことぐれェだ。


高価な医学書の購入のたしにでも、なんにでも若先生がお遣いくだせェ。
否、どうしても受け取ってくだせェ。
そしてその代わり、倅、孫、ひ孫の代まで、わしがここに居なくなってもよろしく頼みまさア。
さすれば、わしの子供も、孫も、孫の子供達も安泰、
わしがそう安心できりゃア、ますます長生きができますぞ。”





祖父よりも年長者の庄助爺の口から発せられた、
思いもかけなかった言葉に改めて、
村医者の家に生まれ、医師を目指す己が十字架の重さを、晋吉は実感したのだった。















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by Maryam051144 | 2014-08-25 15:36 | おとぎ話”春”

こちらから画像拝借




おとぎ話”春”<1>は こちら からどうぞ



春<18>





もともと腰痛は庄助爺の持病であったし、その上歳が歳なので、

医者の方も、患者の方も、全快などということは全く思ってもいなかったし、

年々弱っている身体の骨のどこかが転倒した時に、折れなかっただけ幸いであったし、

耐え難いような痛みが治まっていれば、庄助の病状はまずまず良好というのが暗黙の了解だった。


晋吉は患部を診察しながら、最近の腰の様子を伺い、

いつも処方している軟膏と、貼り薬を処方したのだった。

診察を終えてやっと緊張が緩んだということを伝えるような、

晋吉の顔の表情を眺めながら、庄助爺は言葉を発したのだった。



”若先生の横顔やら、立ち居振る舞いをみとると、

まるで修吉先生の若い頃をみるようじゃのう。

わしも若かったが、大先生も若かった。

かれこれ50年も前のことなのに、昨日のことのようじゃ・・・”




っと遠い日を語る庄助爺の顔は、ついさっきまで、診察の際の腰の痛みで多少歪んでいたのとは、

うって変わって、血気盛んだった若かりし頃の、精悍ささえも感じられるのだった。


庄助は言葉を続けた。


”修吉先生は、村医者の家に生まれたが、苦労して医学を学ばれたんじゃよ・・・

わしよりは歳は若かったが、御名の通り高い志をしっかりと抱いて、

立派に医学を修めた、実に偉いお人じゃったわ。


・・・あれはいつだったかのう、修吉さんが十歳(とお)になった後じゃったか、、、

修吉先生のお父上(健吉)が、藩から高貴な方の診察を命じられたものの、

一介の小さな村医者に過ぎなかった健吉先生の高名を妬み、悪意を持った輩の仕業で、

先生は不遇な身に陥れられてなあ。

どういうわけか、高貴な方の病状が悪化して瀕死の状態となってしまい、

その沙汰として潘の命によって、健吉先生は医師としての仕事ができなくなってしまったんじゃよ。


お父上がそういうことになって、村医者さんのところも大変なことになってしまった。

それでも、修吉さんは苦労に苦労を重ねて、

医者の家に生まれたものとして、医学を修めることをあきらめなかったのじゃ。



そして二十歳ぐらいの頃には、修吉さんの勤勉と優秀さをみとめた善造さんが、

彼が立派な村医者として、村人の健康をまもってくれるようにと

医学を学ぶにゃ、何かと物入りじゃったが、金銭的なことを手助けしてくれたことも大きかったがのう。


・・・そういえば、善造さんの末の娘さんが、7・8年前ぐらいに不慮の事故で亡くなってしまったが、


人の命とはわからんものよ・・わしのような老いぼれが腰痛に呻きをあげながらも生きながらえ、

まだまだ先があると思っていた人が、思いもかけない事故で亡くなるとは・・・”




っとここまで晋吉は、庄助爺が語っている話を、己の曾祖父の時代の遠い遠い昔話・・

っと思ってなんとなく聞き流していたのだったが、

思いもかけずに耳から入ってきた 春の母、初の話に驚き、

彼の眼(まなこ)は大きく見開かされたのだった。










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by Maryam051144 | 2014-08-23 01:16 | おとぎ話”春”





こちらより 画像拝借







おとぎ話”春”<1>は こちら からどうぞ




春<17>




織物・反物やら、上質の染めものを取り扱う問屋を商う家に庄助爺というのがいた。

歳は普吉の祖父、修吉よりも上で、

若い頃は、下働きの者と一緒になって、セッセと家業に勤しむ実直な男だった。


店のことは、とっくの昔に息子に譲り、ご隠居様と庄助が言われるようになって久しかったが、

晩秋の頃、屋敷内でちょっとしたことに気を取られ、脚とられ転倒し、

腰をひどく痛めてしまっていたのだった。

もともと働き盛りの頃に、まだまだ若い者には負けられない・・・

っと、重労働を無理して腰を痛め、それ以後、腰痛は庄助の持病の一つであったところに、

こんなことが起こってしまい、そしてまた、季節は例年にない寒い冬に突入し、

彼の腰の病状は一進一退、冬の曇天のように重く、

いつ腰痛が晴れるか定かではなかったのだった。


腰を痛めた時からこの冬の間中、長年のよしみから、散歩がてら茶飲み話も兼ねて、

修吉自身が診察に訪れていたが、爺の腰は春を迎えても、もうしばらく往診を必要としていた。


この日修吉は、大事な診察があって村を離れねばならず、

また息子の永吉も急患が訪れ手が離せず、

永吉は、息子の晋吉に庄助爺の往診を命じたのだった。




普段は散歩でも訪れない村の道を歩いて、晋吉は少し緊張した面持ちで、

店の裏側に位置する、庄助爺の屋敷の門をくぐったのだった。

晋吉の屋敷の庭よりも、景観を重視して手入れがなされている呉服問屋の爺の庭を眺めながら、

色とりどりの花々や、新緑に目を向けた彼の脳裏にふと・・・

春 という名の少女の面立ち が浮かび上がったのだった。



そのまま屋敷の様式美を感じる造りの玄関に踏み入り、

そこで晋吉は己の名と、父の代わりに往診に来たことを女中に告げたのだった。

晋吉は再び緊張を感じ、身も心も引き締め、

案内されるがままに、磨かれた廊下を静かに滑るような足取りで歩いていった。


彼が通された部屋には、晋吉の訪問を心待ちしていたかのような、庄助爺の笑顔があった。


晋吉が庄助爺をこの前にみたときよりも、

すこし面痩せし、手足も幾分細くなってしまった感じはあったが、

庄助爺の笑顔は、晋吉が幼い時分に時々見かけたままに、実直で柔和であり、

彼の一挙手一投足には、年老いて隠居として身を置いてから久しいにも関わらず、

家のものから頼りにされ、慕われている家督としての 凛々しさ が感じられたのだった。













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by Maryam051144 | 2014-08-21 23:52 | おとぎ話”春”






”言葉は海”






言葉はひとつの道具や手段 にすぎないけれど・・・






言葉は 海






私 を


あなた を


彼 を


彼女 を 



世界を映す 



大きな 大きな 海




***



っという記事に対して、

ある方から以下のようなコメントを頂戴いたしました。


*** *** ***


「言葉は海」 素敵(*^_^*)
言葉から様々な世界が生まれる と言う意味でも、、母なる海であり、
言葉は「生み」「育む」のかもしれませんね。

言葉って不思議だけれど魅力的ですよね。

けれど、時には刃ともなり、何も持たなくても、
言葉で誰かをあやめたりできてしまうのではないかと思います。

こうして書くことさえこわいなと思う自分がいます。


海という表現がぴったりな気がしました。






*** *** ***


以下わたしのお返事です。




海(生み)と表記しようとおもったのですが、伝わることは伝わるだろうと思いました。

伝わりましたね!


私は、言葉の海の中にどっぷり浸かって漂ったり、遊ぶのが大好きなんです。

でもときどき溺れそうになりますが・・・



海が荒れたら、その中に映っている世界も人も荒れます。

海は心地良いものでもあり、オソロシイものでもあります。


言葉で大きく人のこころを傷つけてしまい、傷つけられた人が、

相手を刃物で殺傷する事件は、世界中で今日も起こっているでしょう。


言葉は単なる手段や道具ですがマジック(魔法)、呪文のようなところがあります。

良くも悪くも人の心への影響が大きく、

自他の心を、社会を、世界を、操ることもできますものね。



だからこそ、言葉は単なる道具にすぎないと思っていたほうが間違いがなく、


言葉の伝える”象”を、唯眺めていれば良い


と、私は思っています。


言葉は、世界を映す海のような鏡ではありますが、

鏡の中の映像は、幻影です。



どんな暴言を吐きつけられても、吐きつけられた言葉は幻にすぎず、


また逆に、


どんなに心地良くあま~~~い、心に染み、痺れるような言葉を投げかけられても、



投げかけられた言葉は幻にすぎないのだろう


っと肝に銘じています。




しかし・・・


海という鏡の中には、我も世界も神の姿も、垣間見ることもできます。




私の中での 鏡 というものに対する個人的な認識は

フリーページの 自分と鏡(神が身)




の中に記してありますのでご覧くださいませ。























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by Maryam051144 | 2014-08-21 13:52 | 言葉






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こちらより
画像拝借









言葉はひとつの道具や手段 



にすぎないけれど・・・






言葉は 海






私 を


あなた を


彼 を


彼女 を 



世界を映す 




大きな 大きな 海






















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by Maryam051144 | 2014-08-20 16:10 | 言葉







Nature-HD-Wallpapers-9 (700x438).jpg


こちらから画像拝借




”こころ” が存在する限り


その こころ が抱えている ”想い”


流れ行く時の中で

巡って来ては過ぎ去っていく 季節 だけでなく

死 という身体を失った後でさえも、存在し続ける


(死をもってさえも魂に付随している ”こころ”は滅することはない)


っと私は思っています





”巡りゆく 時節時空を 突き抜けし こころありなば 想ひ常(とこ)とは”








良きにせよ 悪きにせよ



こころ 在る限り・・・















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by Maryam051144 | 2014-08-18 18:58 | 言葉





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2014-08-15-22-49-07_deco posted by (C)maryam f d


夏の昼下がりの旅(翻訳文)





夏の午後の空は太陽があるばかり



陽は焦がすよに照らし輝く

公園にて噴水の傍らに座り

私はそれを眺めている



水しぶきは空へ舞い 陽の光の下に輝き

そして再び 大きな池の中へと落ちゆく

細かな霧のような水滴は

そよ風に乗り夜露のように私の顔に吹きかかる


少し先をみると 蝶が花の上で羽を休めてる



一人の老人がベンチに横たわっている

口を半ば開けている


彼の故郷の田畑 果樹園の夢でも見ているかのように

おそらくそれはまた 彼の幼少時代の夢なのだろう・・・




私は家に戻り 筆と紙を執る

白い紙を じーーっとみつめると

紙は私の両眼の前で 広がっていく



私の全ての過去 現在 未来の大きさで

全世界の大きさで


ゆっくりと筆先を紙の上へ置き 旅を始める



ある夏の暑い昼下がりの旅を・・・






***


追記


こちら(イラン)で購入したペルシャ語教本の中にあった文ですが、
出典の記載がありませんでした。


イランは歴史ある国で文学もすばらしいものが沢山あります。
私はまだまだ容易なものしか読めませんが、それでもこころに響くものがあります。

この短い文は全て現在形でかかれていることによって、
空間的にも時間的にも広がりを感じる作品に私は感じました。


翻訳文ではありますが、どうしても訳している”私”の文になりますねえ。
もちろん原文に忠実であろうと、
できるだけ醸し出している雰囲気やイメージを大切に訳しているつもりではおりますが。
タイトルの部分のlinkには、原文の画像が掲載されています。
ご興味のある方はご覧くださいませ。

あしからず <(_ _)> 














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by Maryam051144 | 2014-08-16 03:54 | 翻訳





人間五十年、化天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり (敦盛)



下天・化天 とも記し、仏教用語のようですが、

この 下天のうちをくらぶれば の部分がなくても、

この文が伝えんとしていることは、伝わってきますね。


人間(人の世)の50年(当時は人生50年)は夢幻のようなもの

ということでしょう。

下天というのは一昼夜が、こちらの時間の800年とか・・・



時間 というものは実に 曖昧 なものですね。

宇宙的な時間を考えれば確かに50年・100年は 塵 にもならないかもしれませんね。


しかし、一夏だけが命の蝉を、儚いと思うも人。


実は人も蝉も変わらないのかもしれないのにね~。






一夏の命 儚しと思へども 我も蝉も どこぞ違はむ














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by Maryam051144 | 2014-08-11 18:58 | 言葉