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イランのTEHRANより日々思いついた言葉を発信しています。

カテゴリ:夢( 11 )







2016年7月、8月夢覚書


以下7月14日記



相変わらずバタバタと時間に従い手足を動かしている。

汗グッショリで一休みしていてふと、

はて、去年の今頃は何をしていたんだっけ?

っと。

ところが思考だけではちっとも思い出そうとしても思い出せない、何ひとつ!

私はそういう愚鈍な記憶力しかなくて、

(だから日記のようなものを小学生の頃から書いているのかもしれない。)

現在に繋がっている過去だったら、今という瞬間と突如繋がることで引き出”され”たり、

あるいはふと、霊感のように浮かび上がってくるような、そういうものだけが思い出”され”、

そのほかの記憶は私の意識の湖の底に沈んで行くがままにして、

沈みきったら底に一応あるんだろうけど、湖面からは見えず、光も注がず、潜んでいるだけとなっている。



夢などで思い出させてもらえるのも、深い底に沈んで掬い上げられない、

私の過去の記憶やら経験を哀れんでの、神様のお計らいのような気がしないでもない。。。




今朝(先月14日の朝)は、以前勤めていた私立の女子高校の校長先生の奥様で、

小学校と幼稚園の校長・園長を兼任されていたO先生と、

私が務めた四年間のうち、私が所属していた学年の主任をされ同じ国語科を教えていたT先生(女性)の夢をみた。

(T先生は会社でいうと、三年間私の直属の上司という立場でいらした女性)

最後に私が高校二年生の担任をしていたときには、

校長先生の代行でらしたのか?園長先生がいらっしゃり、九州一周の修学旅行にいった懐かしい思い出がある。

O先生とT先生のお二人は私的にとても仲がよかったけれど、

夢の中でも双子のようにみえる笑顔で私に語りかけてくださっていた。


夢の中でお二人は私に、美の個性を隠すのはおやめない っと教示してくださったように思う。

既製の上着、コートを上に着てしまっては、その下にどんなものを着ていても(下着姿でも)外からはみえないけれど、

それは、オリジナルのもの、オーダーメイドのもの、そして自分の美的感覚に従って選んだ柄やスタイルのものを着ていても、

上っ面をみているだけの人には決して理解してはもらえないのよ


っということを仰っていたのだった。


夢から覚めた後、再び私はお二人のご冥福を心から祈った。



再び っと記したのは、数週間前に私は彼女たちのことをふと、想い出してご冥福を祈っていたからのこと。

もしかしたらそれで私のところにわざわざ足を運んでくださったのかもしれない。



以上7月14日記



今朝(8月2日)の夢


両足の指が全て、爪の両側が白く腫れて化膿していた。

痛みはその足の指の状況を視覚的に判断したことで、

こりゃ、、、痛いなあ、と認識したような痛みだった。

右の親指だったか、中指だったか?。。。の爪にちょこっと触ってみたら、

その爪はするりとそっくりそのまま外れてしまった。

こりゃ、酷い!と思ったけれど爪の下をみたら、

弱々しく薄いけれど新しい爪がすでに伸びてきていた。


おそらくもう生命はなかったと思われる旧い爪を、

形だけでも患部を覆っておいてよかった、

そのおかげで今もう柔らかい爪が患部を覆っているんだ・・・


っと思ったところで目が覚めた。



この夢の意味もなんとなくわかった。

爪を失えば歩行が苦痛で困難になるけれど、

全ての足の爪を失ったものの、新しい爪がすでに伸び揃っていて、

しばらくの間、あまり負担はかけられないけれど、

歩き続けることはできるであろうということ。

おそらく爪を傷つけて、抜け落ちるまでの今までのほうが痛みは大きかったかもしれない。

その痛みでさえもわたしはおそらく気がつかないで過ごしていたのだろう。




歩行とはおそらく 旅路 であり 人生 なのだろうと思う。








rblog-20160802090134-00.jpg


昨日の朝、息子を学校へ送り届けた時に撮影。8時(サマータイムなので通常時間の7時)まではまだ涼しいので、お散歩がてら徒歩で送る。



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by Maryam051144 | 2016-08-02 13:34 |


今朝の夢



海岸にいったら干潮で車を駐車しようとしたら大津波がきた、

その時は車に乗ってなくて、

あっという間に波に巻き込まれ、死を覚悟した。



心の目のようなもので周囲をみると、目の前に高い絶壁があり、

波がその絶壁の上まで私を持ち上げたとき、壁の上に脱げ道があるかもしれない。。。


っと思っていたら目が覚めた。




〜その後に見た夢〜


どういうグループか定かではないけれど、私をある部屋に監禁しようとしていた。

わたしは相手の隙をみて逃げようとしたら、相手は大きな包丁をわたしに突きつけた。


わたしはその人に、わたしを監禁しようとしている人は○○氏?

っと訪ねたら彼は、

そうだ

っと答えたので、


○○氏と話がしたい


っとわたしがいったら、彼はわたしの提案をきいてくれそうだった。




******



こんな夢をみるからといって、わたしはテレビも映画も、フィルムもほと~~~んどみない。


日本の大津波の映像をみてそれからテレビをみなくなったから。


それでもきっとあの時の衝撃が、わたしに刻まれているのだろう。



そしてまた、夢というものは物語や映画と変わらない、フィクションだと思っている。


けれど、この二つの夢をみて、


わたしたちは当たり前のように明日を予定するけれど、明日の保証などはこの夢のようなもので、当たり前に訪れ過ぎていくと思い込んでいる明日などというものは、きっと幻想に過ぎないのだろう・・・


っと思った。








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by Maryam051144 | 2015-11-29 13:34 |





喜ばれぬ

招かれぬ

場に迷い込む




身の力抜け

なよなよと床に崩れ落ち

頭(こうべ)垂れ

声立てるをも能はずして

涙ばかりとめどなく落つ




そこ

わずかながらも

わが居場所はあらずして



夢なりとも


こころもとなきわが身と覚ゆ





************




喜ばれない

招かれていない

ところにわたしは迷い込み


あまりのいたたまれなさに

全身から力が抜けて


へなへなと床に崩れ落ち

気おくれして頭を垂れ

声を立てることさえも気がとどめ

涙だけがとめどなく流れ落ちてきた


わたしが迷い込んだ場所には

僅かばかりも

わたしの居場所はなく


そこは夢の世界ではあったが


つくづくわが身、わが存在とは

心もとなきものだ


と思われる(のだった)















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by Maryam051144 | 2015-10-12 11:49 |



2週間ぐらい前に

へんちくりんな夢をみていた。




大学時代に住んでいた安下宿所の廊下のようなところだけれど、

私が住んでいたところよりももっと広くて

廊下だけれど踊り場のようで、

そして大きな窓があって、陽光がたっぷり差し込んでいた。

そこには生育したみかんの木よりも、

少し小さくて細い感じの木が置いてあった。

大きな植木鉢のようなのに植えられていた。


その下宿所にわたしは住んでいたのか、

いったいどうしてそこにいるのか?定かではなくて、

たまたま私の意識がどっかから飛んできてそこへ引き込まれたか?

といった感じで、気がついたらその木を眺めていたのだけれど、

今思い出すと、廊下に足をつけて眺めている角度からは眺めていなかった。

たぶん、わたしの意識は風のようで、

風が木の横を通りすぎるように眺めていた。


その木にはたくさん枝があったし、その枝には

若芽よりも少し成長したぐらいの葉が、たくさん生えているようにみえた。


しかしよくみてみると、そのたくさんの若芽は、

ちっちゃなイモムシだったか、毛虫だった・・・



えええ~~~~~~、この若芽と思っていたものはみんな毛虫????


っと思ってギョッとしたところで、私は目が覚めたのだが、

あんまり目覚めが良くなかったので、忘れられない夢だったが、

記事にはしていなかった。


そしたら、昨夜ネットでたまたまみかけた全く存じ上げない方の記事に




若葉の時期に毛虫がついても

その後その木は葉を青葉をしげらせていて、


それはその木の生命力でそれこそが野生だ




というようなことが書いてあった。


わたしには自分が見たこの夢の意味がさっぱりわからなかったのだが、


この記事のおかげでなんとなく理解できたのだった。



すずなりの毛虫もろとも芽を吹きぬ

若木が命の逞しきこと




確かにわたしが2008年から憧れる強さとは、まさにこの生命力にほかならない!





ただしあれだけの毛虫・・・・


よほど自然治癒力のような強さがないと、

青葉を茂らせることは不可能?!




夢と全く知らない方の記事がリンクしたのはこれが2回目


一体どうしてこんなことがおこるのだろうか?


っということも今後わかってくるのだろうか?

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by maryam051144 | 2015-03-14 21:05 |



20150311夢覚書


下宿先にいるようだったけれど定かではない。

両親と母方の祖母(3人とも故人)が何処かへ先にいっていて、

私と二人の姉は一緒にいくことができず、

それでは後からそこへ向かうからという感じだった。

何処へ行くのか憶えていないが、

何処かボーリング場のようなところへ遊びにいくイメージがあった。


私は下宿の部屋に戻っていた。

どういうわけか私はその出かける場所へ布団だか、
ベットを持って行きたかったようだった。

しかしそのベット(セミダブルぐらいの大きさだった)は

ところどころ水たまりがあった。

あらら??濡れている・・・
っとふと上をみると上の明り取りのような窓が開いていて、

青空が見えていたが、

おそらく昨夜は雨が降ってその窓からベットへ降り注いだのだろう

っと私は思った。

これでは無理ねっと、濡れた布団を片付けた。

片付けが終わって外出着に着替えようとした。

ズボンを履き替えはじめ、ふと誰かに覗かれている気がした。

後ろを振り返ると、壁の隅に小さな窓があって、

男性二人と目があった、すぐにズボンを上にあげたけれど、

ああ、太ももを見られたかな・・・っと思った。


(この夢に限らず、私は夢の中でシャワーを浴びたり、
着替えたりするときに、誰かの視線を感じ、
見られているということが度々ある)


部屋を出て姉二人のところへ向かう途中で、

二人の若い女性にお金をかしてほしいだったか、

助けて欲しいと言われた。

私は、これから出かけるのであまりたくさんは

渡せないなあ・・・っとおもいつつも

3万円ぐらいもっている裡の3千円ぐらいは渡したように思う。

姉二人とおち合ったときは、両親と祖母が出かけてから、

かなり時間が経っていて、今いっても間に合わないか・・・

今回はもう遅くて無理ね。

っと思っていた。姉二人の方が私よりも、両親・祖母の方へ

先に向かっているような気がしたけれど・・・



そんな夢だった。


今振り返ると、想うことはいろいろある。

でもそれは予想の域を出ないものだけれど。




おそらくお金が足りないからと頼まれたときに
もっとお金を与えていたほうがよかったのだろう・・・


夢の中でお金というのは、苦労や辛苦、重荷なんだろうな
というのはずいぶん前から感じていた。

所持金全てを与えていたら、
私の苦労やストレスは全てなくなっていたかもしれない。




しかし・・・お金は辛苦・苦労ではあるが、
なんというか、おそらく現世と己を引き止めるもの
執着心でもあるのかもしれない・・・

っとこの夢をみて初めて感じた。

執着という言葉は、ほとんど良い意味には取られない言葉だけれど、
私はこの執着心によってこれまで3度命を助けられたことがある。


おそらく、、、両親と祖母の向かった先とは死後の世界なんだろう

私はそこを、、、娯楽施設かなにかだと感じているらしい。

布団というのは財だろうと思う。

死後に財なんて持っていけるわけがない。

また濡れていてもっていけなかった、その処理で

死出の旅に出遅れて見送ることになる。

所持していた全てのお金を、若い女性に与えることができなかったのは、

先行きを案じたためで、まだまだわたしは現世でやるべきことがあるのだろうし、

そしてそれを私自身なんとなく意識しているのだろうな・・・


っと想った。


おそらく、、、執着心、金銭を含めた財というものを軽視している私に
夢は、、、あんたこれがなかったら、

あっという間にあの世行き、
あるいはこの世にいたって、気分はあの世で、

生きてるんだか死んでるんだか、
わかんなくなっちゃうじゃない。

もうちっと執着心と欲をもって、

この世の苦労と背負って、
苦労と裏表の楽しみも感じて生きなさいな~

ってな感じの夢なのかもしれない


っと勝手に想った。


今日は3月11日。

大震災で亡くなられた方々のご冥福を心から・・・

2014oomisokahana (500x375).jpg

ただし、亡くなった人のためにも精一杯わたしは生きる

ということは全く思わない。


なぜなら、大震災があってもなくても、

わたしという命も亡くなった方々と同様、

一瞬先には命が奪われるかもしれないから。


そしてまた精一杯生きることにも対して、

さして(まったく?!)重要性を感じていないから。


わたしはわたしができること、することをして日々過ごすのみ。

そしてそれこそがおそらく 

わたし以上でも、以下でもない、等身大の生き方 

ということなのだろう

っと想うから。

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by maryam051144 | 2015-03-11 12:46 |



昨夜、わたしのブログにご訪問なさって、コメントまで頂いた方、
昨日だったか、一昨日だったか文字で言葉を交わしたばかりの方のブログをお伺いし、
拝見した記事の中に・・・・








無条件に愛せ 今



無限に愛せ 今




今愛せ 今




今愛せ

大きなうねりとともに





男はふたたび消えた




もう戻っては来ないのだろうか


(中略)


冷めたお茶を




すすっている場合ではない






以上、引用<(_ _)> 


(こちらの文章は去年11月4日にアップなさっていました。)



っと記されてあって、

正直わたしは


ギョ~~~~~~~ っとして


ゾぉ~~~~~~~~っとしました。




わたしは去年の12月の20日過ぎに、
こんな夢をみておりましたから・・・




ある方が、とても優しい瞳で私を待っていてくださいましたが、
秘書の方を通して私に一緒にいこう、まだ?まだ?
っという催促を3回ぐらいなさったのです。

でもわたしの手にはお茶碗にいれられた、
冷たい甘い紅茶がたっぷりのこっていて、
それはその方(わたしに一緒に行こうっとおっしゃっている方)が、
わたしのために煎れてくださったものなのですが、

それを私は一生懸命飲み干そうとします、
でもなかなか飲み終わらないのです。

紅茶を飲み干したらいきます。
っとわたしはお答えしました。

3回目に 行こう っと促されたときには、
まだ冷たいお茶を半分しか飲めていないのです、
一生懸命ごくごく飲み干しているにも関わらず・・・

そしたら、待ちくたびれたのか、
その方は、どこか別の場所で待つのか、またないのか?
わかりませんでしたが、そこから去って行ってしまいました。

私の両手には、まだ冷たい甘い紅茶が半分のこっている、
湯呑み茶碗がありました。




名も顔も

つゆぞ知らぬ

胸の裡

我はさまよふ

夢路てふもの







Yunomi-001 (2).jpg


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by Maryam051144 | 2015-01-14 18:20 |









このこゝろ



何処へ やろか



このこゝろ


何処へ おこか





何処をみても 


やるあてもなく


何処をみても


おくあてもなく






この涙さえ



この涙さえ






あゝ



何処で 流そか






あゝ



何処へ 流そか










Doko.jpg






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by Maryam051144 | 2014-12-29 03:40 |








今朝、久しぶりに面白い夢をみて憶えていたので、
メモがわりに記す。

いつか、この夢の意味がわかるかもしれないっと思って。


夢は相変わらずみているのだが、
最近は夢を憶えておこうという気が薄れたからか、
こんなところにいたなあ・・・っと
目が覚めたときに思うが、それ以上詮索しないことが多い。


今朝もうろ覚えだがそれでも憶えているところを書こうと思う。

こうして書いていて思ったのだが、最近私は夢で
少し先の世界へ行っていることが多い感じがする。

おそらく亡き母と一緒にいた。

どこか、、、町おこしのテーマパークのようなところの
ゲートを通っていた。
中には子供服を売るお店があった。2階建てでたくさん子供服が置いてあるのをみた。

私の視点はどうもその店の2階と同じ高さにあった。

あれ?甚平さんが売ってる。息子が欲しがるかな?
っと思ったら、横に母がいるのに気がついて(夢のときにはこの時に母を認識した)
母は、あの甚平さんを息子に買ってやりたいと思っているのも感じた。


母と二人で、人工的な公園の池のようなところだが、
公園の池よりは、小さなプールぐらいの大きさ
円形で深さはないが、直径7.8mあっただろうか・・・
にいた。

水は浅いけれど、その中に座っていた。けれど不思議なことに
水の感触もなく、濡れたりすることはなかった。

少し離れたところに、噴水をおいてあるような、少し高くなっている場所があって、
そこには子供達が50人ぐらい集まっていた。

その中を息子がひとりの男の子に追いかけられていたのだが、
実に器用な身のこなしをして逃げていた。
追いかけていた男の子は、どうしても、どうしても息子を捕まえることができなかった。

追いかけっこをしていたところは、
カウンターテーブルのような高さの狭いところで、やはり円形をしていた。
息子はそこを器用にすばやく、ぐるぐる回って走っていた。

私は息子がその上から足を踏み外して怪我をしないか!!っと気が気ではなかった。

しかし最後まで息子は捕まることはなかった。

それを評価されて、追いかけっこが終わったあと、息子は
子供達の誰かから、大きなケーキのような菓子パンをふたつ手渡されて、
私のところにやってきて、それを あげるよ! っといって私に渡した。
手渡されたパンをビニール袋を開けてみたら
実に美味しそうなパンだった。
それを母に勧めたけれど、母はいらない っといった。
私はそのパンを一口食べたか食べなかったか記憶にない。


視点がその小さなプールのような池に移った。
水はとても綺麗で澄んでいた。
不思議なことにその池の中にはたくさんの木が生えていた。
まるで根っこがそのまま枝になり、枝がどんどん分かれていって
たくさんの木になったようだった。
水中はそういう枝でびっしりだったけれど、
まだそれほど水上にでて枝を伸ばしているわけではなかった。

私の近くから男性の声がきこえた。
隣に存在を感じるというよりは、テレビの中のナレーターの声を聴くように、
どこからともなく私に語りかけていた。

その声は、、、、

この村は、以前自然災害にあい、村で大切だった(何で大切だったかは定かではない、
民芸品なのか、生活なのか?、ただ未来世界だったようだったので、
薪にしていたわけではないのはわかった。おそらく村の産業の資源だったのだろう。)
この木が壊滅状態になってしまっていた。
人々はこの木を復興させようと、何年も、何年も一生懸命になって作業していた。

ところが不思議なことに、この池から、人が何もせずとも
枝が生えて、枝は瞬く間に枝分かれして、そこから新芽が出てきて、
その枝はまたいくつもに分かれ、急速に広がっていったのだった。

みると、水の中から息子の脚のような細い枝がみえ、それが
次々に枝別れしていって生育していく様がスライドショーの画像のように
私には見えていった。


どうやらここは日本のある町のようだった。
なぜならその木の名前はどういうわけか、 
”つむぎ(積む木・積み木)”という名前だったからだった。

夢の中では 紬??? っと想って あれ? っと思ったのだが、
あれは 積み重なるように生えていく木 という意味もあったのかもしれない・・・


っとこれを書いていて想ったのだった。


なんとなく・・・

今後日本が震災で大被害を受けた土地の復興が、

思いもかけず、急速に進んでいく、しかも人為的にではなく、

自然の力、土地の力、水の力で、それが町、村の復興を支えるのではないか?


っと想った。



ぜひ、そうあってほしいもの・・・っと私は願っている。


頑張れ、ニッポン!!

大和の土地、大和の国、大和の国の人々!!






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✿おそらく林檎の花❀


















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by Maryam051144 | 2014-04-20 12:12 |



韓国と北朝鮮の関係が悪化した日か、その次の日に、
とても不思議な気にかかる夢をみた。
私はテレビを見ておらず二日経った後、このニュースに気がついたのだが、、、
夢はいい夢だったのか、悪い夢だったのかわからない。
ただとても印象に深く残った。

蒼い、暗い、不透明の海水が視界に広がっていた。
海の中にいてみているよう、でも海の中にいるような、息苦しい感覚はない。

その海がだんだん不透明な、暗い蒼いまま、ゼリー状に固まっていく。
泡も海流の動きもとどめたまま、固まっていく、でも完全に固いわけではなく、
ゼリー状という表現がぴったりの様子。

そしてゼリー状になった濃い蒼い海に、ナイフで傷跡をつけるように線が引かれていく。
まずは上から下へそして左から右にそして斜めに二本。
星の輝きを象ったような印が大きく浮かび上がってきた。

この夢は今後の私の個人生活を暗示するのか?
もっと大きな世界的なことなのか?
あるいは単なる夢なのかはわからない。
ただとにかく心に深く刻まれた夢の光景だった。


2010年11月記載


この後、アフリカで、エジプトで政権の転覆交代があり、
そして、日本に大地震があった。


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by Maryam051144 | 2010-11-27 16:52 |


昨夜は、久しぶりに夢の中で身動きがとれず、
夢の中だとわかっていても、思うように動けず、叫べず、恐ろしい思いをした。

うなされている私に気が付いた夫が、起こしてくれて助かった。

さめない夢も怖いものだ。

夜になって夫に一体どんな夢をみたんだと尋ねられた。

私の上にひとりおばあさんが正座して座っていた。
それが重くて重くて身動きできない。

おばあさんは顔も体も影のように黒くて顔も歳もわからない。
私がかってにおばあさんと思っただけでおばさんかもしれないし、
若い女性だったかもしれない。

ただ手になにか本とか箱のようなものをもっていて、
そこの部分だけが四角く真っ白だった。。。。。
と私は答えた。

それを聞いた夫は
それは何とか何とか何とか、、、ペルシャ語でなんか言った、、
そのおばあさんの耳だか舌だかをおもいっきり引っ張ると、

ごめんなさい、ごめんなさい

と言って手に持っている白い箱の中から紙をだし、
宝のありかを教えてくれて目が覚める。
昔から田舎の人がそれと同じような夢をみて宝を見つけたんだよ。

と言った。。。。。

私はお腹の底から笑い転げた。

思っても見なかった夫の反応。
まったく笑わせてくれる。

イランに本当にそういう伝承があるのかどう、かまだ確認していないが、、、実に面白い。

夫の言とは別に、朝起きてから、

どうして夢とわかっているのだから、夢の中でもっと勇敢に振舞えなかったのか?

と後悔した。

夢の中では勇者でなければいけない。
ここ一ヶ月一週間おきの発熱と、父の入院とで
私が如何に体だけでなく、心まで弱くなってしまったかが、
こんな夢をみて、うなされたことでもよくわかった。



2008年6月記載

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by Maryam051144 | 2008-06-28 01:32 |