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イランのTEHRANより日々思いついた言葉を発信しています。

カテゴリ:月 マヤカシ 真 真実 欺瞞 欺く 偽り( 1 )







先月31日の朝、青空に浮かぶ月を撮影したので、過去に記したものを再掲載致します。





昼の月・夜の月 (2011年6月記)




今、昼間、、、でもなく午後4時頃空を見上げると

高い位置に 月  が見えます。半月です。

夜見る月と趣が異なります。

空の中で 透けて 存在するようです。

透けているけど そこ にある。

透けて見えざるを得ない 切なさ のようです。

ここでも月は自分の 姿を、 正体を はっきりとは示さないけれど、

そこ にあります。

夜の姿は 妖しさ を纏って 真の姿を見せないようですが、

昼の月は その逆で 自分の素(す)だけ を、最小限残し

その他は 空に身をあずけている ようです。

月にもいろいろな事情があって、

地球との距離や大気の状態や、太陽、光との関係やらで

自分の姿以上、あるいはそれ以下の姿で私の目に映るのかもしれません。

でも 月は それ以上でもなく、それ以下でもない。

月は ただ月 それ だけである。

惑わされているのは 私の心 の方なのかもしれません。

私にそのことがわかるまで40年以上の歳月がかかりました。

そして・・・

妖しく、美しく、切なく 惑わされる それが 生きるということなのかもしれません。 

2011年6月9日 日本滞在15日 最終日 記




追記


月光は神秘的な明かりですね。月は月だとおもっても妖魔を感じます。
また 潮の干満が引力で引き起こされます。

古代の人は

引き潮にのって死者は旅立ち、
満ち潮で新しい命がこの世に訪れる

と考えたようですが・・・


月をみて感じたことは そのまま、そのときの 

自分の心の姿 

を現しているように思います。
いま私は、いろんな姿を示す月の 素 に気がついたということは 
私の心の 月 も純粋な姿をしていると言えるのでしょう。
素 を見出だすことができたということは 

心がとらわれていない 良い状態

なのだろうと思います。

月だけでなく、自然と心が一体となり、
そこからいろんなものに気づき、知ることができたらいいなと思います。

(以下は引用文)

星座でも
夜空に平面(板の上に)に星座が配置されているわけではなく
三次元空間に立体的にばらぱらに存在している星を
地球から見て
われわれが勝手にまとめて星座というイメージでとらえているのですね。
(以上 みやもと先生 のコメント)

私はそういう事実の中に 

創造性 や 夢や 対象を擬人化するような 
人間に特別与えられた精神や頭脳の働きを 

感じる のです。

それが 人として生きる ことなのではないかと思ったのです。

それは そのものの真の姿 ではないのかもしれませんが

私は それを今、 否定的 ではなく 肯定的 に見られるようになったのです。

たとえ、

マヤカシの世界に 惑わされて いるのかもしれない、
そんなものに もがき苦しんでいるのかもしれない、

けれど、それが 生きるということで、
 
マヤカシの中で 惑う のも いいのかもしれない、騙されるのなら、存分に騙されちゃえば?!

と思えるようになったのです。

2011年6月11日 記




以上再掲載記事

*** *** ***





満ち欠けて人を惑はす月とても

己(おの)が真(まこと)の姿知らぬを




月がごと満ちては欠けるわが心

人のみならず吾も欺き





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蒼見上げ雲居に透ける月の影








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by Maryam051144 | 2015-11-06 23:59 | 月 マヤカシ 真 真実 欺瞞 欺く 偽り